東京地方裁判所 昭和33年(行)152号 判決 1964年12月25日
原告
亀山文一郎
右訴訟代理人
小町愈一
同
金田哲之
同
田口俊夫
同
木村賢三
右訴訟復代理人
高橋一成
被告
国
右代表者法務大臣
高橋等
右指定代理人
館忠彦
同
田嶋昭夫
被告
白石清雄
ほか二名
右三名訴訟代理人
横川紀良
主文
一、原告に対し、
(一) 被告白石は、
(1) 別紙目録記載の土地全部について、昭和一九年三月一五日前橋地方法務局花輪出張所受付第一八一号をもつて原告のためなされた所有権移転登記の抹消回復登記手続を
(2) 別紙目録記載第一の土地について、昭和三三年七月一一日前橋地方法務局花輪出張所受付第三三六号をもつてなされた分筆登記の抹消登記手続および右分筆前の表題部表示番号一番記載の土地表示登記の抹消回復登記手続を
(3) 別紙目録記載第二の土地について、昭和三三年七月一一日前橋地方法務局花輪出張所受付第三三六号をもつてなされた分筆登記の抹消登記手続を
(二) 被告星野は、別紙目録記載の土地全部について、昭和三三年七月一一日前橋地方法務局花輪出張所受付第三三七号をもつて同人のためになされた抵当権設定登記の抹消登記手続を
(三) 被告亀井は、別紙目録記載の土地全部について、昭和三三年七月一一日前橋地方法務局花輪出張所受付第三三八号をもつて同人のためになされた所有権移転の仮登記の抹消登記手続を
それぞれせよ。
二、(一) 被告国および同白石は、原告に対し、各自七五、〇〇〇円を支払え。
(二) 原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一を被告白石と被告国の負担、同四分の一を被告星野と被告亀井の負担、被告星野、同亀井に生じた費用の各二分の一を原告の負担とし、その余は各自の負担とする。
理由
<中略>
本件土地について昭和三三年七月一一日前橋地方法務局花輪出張所受付第三三五号をもつてなされた抹消登記および本件土地のうち一筆の土地(群馬県勢多郡東村大字花輪字東瀬五九四番地所在一畑四畝一五歩)について同日右出張所受付第三三六号をもつて別紙目録第一および第二の各土地に分割する旨の分筆登記について被告白石に登記申請権原が存したかどうかについて検討するに、右抹消登記は東京高等裁判所昭和二五年(ネ)第一、〇四〇号不動産登記抹消請求控訴事件についての判決中同事件の被控訴人(被告)の一人たる原告に本件所有権移転登記の抹消登記手続を命じた部分(確定判決)に基づいてなされたことは当事者間に争いがないが、前記甲第一号証によれば右部分は同事件の控訴人(原告)関口文三郎と被控訴人(被告)原告との間の判決で、右関口のみが右判決による抹消登記権利者であることは明らかであるから、被告白石には申請権原がなく右抹消登記は無効な登記とみるほかなく、したがつてまた分筆登記についても被告白石に申請権原が存したことは認められない。
<中略>
第二 被告らに対する財産上の損害賠償および慰藉料の請求について
一、(一) 原告と被告白石、同星野、同亀井三名間では、原告が昭和一九年二月二九日被告白石より本件土地を買い受けてその所有権を取得したことはすでに認定したとおりであり、原告が右売買を原因として本件所有権移転登記手続をしたことは争いがない。また、原告と被告国との間でも、原告が昭和一九年二月二九日当時の所有者被告白石より本件土地を買い受けて本件所有権移転登記手続をしたことは争いがない。
(二) そこで、被告らに原告の主張するような敵意または過失による違法な利益侵害行為があつたがどうかについて検討する。
被告白石が東京高等裁判所昭和二五年(ネ)第一、〇四〇号不動産登記抹消請求控訴事件についての判決中同事件の被控訴人(被告)の一人たる原告に本件所有権移転登記を命じた部分(確定判決)により前橋地方法務局花輪出張所に対し本件所有権移転登記の抹消登記申請をし、右申請は右出張所登記官吏により受理されて抹消登記がなされたことは原告と被告ら全員間に争いがなく、(証拠―省略)ならびに弁論の全趣旨をあわせ考えると、右判決部分の既判力は関口と原告との間にのみ生じ確定された本件所有権移転登記の抹消登記手続請求権者は関口のみであることが明らかであり、被告白石も右のことを知つていたのにかかわらず、被告白石は本件所有権移転登記が抹消されれば自己の所有名義が復活する関係に着目しあえて申請書上自ら申請人となつて前記出張所に対し右判決を登記原因として右抹消登記申請をし、その結果前記のように同出張所登記官史により本件所有権移転登記の抹消登記がなされたことが認められる。したがつて被告白石には本件所有権移転登記の抹消すなわち本件土地について原告の有していた登記簿上の所有名義を失わせるにつき故意があつたとみざるをえない。
他方、右出張所登記官吏が被告白石の右申請を受理し本件所有権移転の抹消登記をしたことは前記のとおりである。しかし、登記官吏は、登記申請があつた場合、申請に関するすべての事項を原則として書面審理の方法により調査したうえ、もし不動産登記法第四九条所定の各号に該当する場合は理由を附した決定をもつて登記申請を却下しなければならない。ところで、前記認定のとおり、原告に本件所有権移転登記の抹消登記手続をすべきことを命じた判決部分の既判力は関口と原告との間にしか及ばず、したがつて右判決を登記原因として本件所有権移転登記の抹消登記を求め得る登記権利者は関口に限られ、被告白石には抹消登記申請権原がないことは明らかであつて、登記官吏も被告白石より提出された右判決の主文を一読すれば右のことを容易に発見できた筈であり、申請書に記載された申請人と登記原因を証する書面たる判決に表示された登記権利者とが符合しない場合(不動産登記法第四九条第七号に該当)であることを理由として申請を却下すべきであつたと解すべきである。
しかるに、前記登記官吏は前記のとおり右申請を受理して抹消登記をしたのであるから、本件土地について原告の有していた登記簿上の所有名義を失わせるにつき義務上過失があつたといわざるをえない。
つぎに、被告星野、同亀井に関して検討するのに、被告白石が右抹消登記がなされた日と同日付をもつて前記出張所に対し原告主張のような分筆登記申請をし、受理されて分筆登記がなされたこと、また同日本件土地につき被告星野のための抵当権設定登記の、被告亀井のための所有権移転の仮登記の各申請がなされ、右各申請に基づき右各登記がなされたことは当事者間に争いがないけれども、原告の主張する原告三名通謀のうえ原告が本件土地について登記簿上有していた所有名義を侵害したというような事実を認めるに足りない。(なお、右抵当権設定登記や所有権移転の仮登記は右所有名義を失わせたことにはならないし、特段の事情がない限り、登記簿上復活した被告白石の所有名義を信頼して右各登記を申請しても責められる点はないというほかない。)
したがつて、被告星野、同亀井については原告の所有名義を侵害したということはできないが、被告白石と前記出張所登記官吏については共同して(被告白石による前記抹消登記申請行為とこれに基づく右登記官吏の抹消登記行為には共同関係があることは多言を要しない)本件土地について原告の有していた登記簿上の所有名義を侵害したものということができる。
そして、不動産の所有権者が有する登記簿上の所有名義は所有権の保全と行使のために極めて重要なものであるから、本件土地の所有権者たる原告の所有名義は法律上保護に値する利益であるというべきであり(この点に関する被告国の主張は採用できない)、その侵害行為は違法性を有すると解すべきである。
(三) そこで、被告白石と前記登記官吏による右所有名義侵害行為による損害発生の有無について検討する。
(証拠―省略)によれば、原告は本件を原告訴訟代理人に委任するについて弁護士費用として一〇〇、〇〇〇円を支払つた事実が認められる。おもうに、原告の本訴提起は、本件土地について原告が有していた登記簿上の所有名義が被告白石と前記登記官吏により不法に抹消されたのでその回復を図ることを主たる目的とするものであることは弁論の全趣旨により明らかであるけれども、右の弁護士費用は原告が所有名義を侵害されたことにより直接生じた損害でなく、侵害の結果の除去につき被告白石、同星野、同亀井、同国らの任意履行拒否を媒介として支出を余儀なくされた費用であるという点で、またわが国では弁護士強制主義がとられていない点で、被告白石と前記登記官吏による前記所有名義侵害行為により発生した損害といえるかどうか問題なしとしない。しかし、原告のような立場にある者が任意に侵害行為の結果の除去をしてもらえないため弁護士に訴訟を委任して裁判所による権利救済を求めるのは社会一般にみられる通常の経過であり、また本件は相当困難な法律関係を含む事件であつて本人のみでは訴訟追行が困難であることは明らかであるから、原告が支出した弁護士費用が侵害の結果の除去を求めるため必要と認められる相当額である限り、被告白石と前記登記官吏による侵害行為により生じた損害であると解するのが相当である。
ところで、(証拠―省略)によれば、本件土地の価格は一〇〇、〇〇〇円を下回わらないことが推認されるところ、他に立証がない以上一〇〇、〇〇〇円とみるほかないので、事件の性質、訴訟の経過等諸般の事情をしんしやくしても、本訴中本件所有権移転登記の抹消登記手続がなされる前の状態への復元を求める部分すなわち主文一の判決を求める部分(全部認容)についての弁護士費用は右物件価格の二分の一たる五〇、〇〇〇円が相当額であるといわざるをえない(日本弁護士連合会報酬等基準規程第三条参照)。また、財産上の損害賠償および慰藉料の支払を求める部分についての弁護士費用も、右のように主文一の判決を求める部分すなわち登記手続を求める部分についての相当費用を五〇、〇〇〇円に過ぎないと認めるほかなく、また後記のように慰藉料請求は理由がないから、前同様事件の性質、訴訟の経過等諸般の事情をしんしやくしても、右五〇、〇〇〇円の二分の一たる二五、〇〇〇円が相当額であるといわざるをえない。それ故、本訴について原告が原告訴訟代理人に支払つた弁護士費用中、主文一の判決を求めるために相当な費用と認められる右五〇、〇〇〇円とその賠償を求めるために相当な費用と認められる二五、〇〇〇円の合計七五、〇〇〇円を超える部分については相当額を超えているというほかない。したがつて、右の弁護士費用中七五、〇〇〇円は被告白石と前記登記官吏による前記所有名義侵害行為により生じた財産上の損害であるということができる。被告国は、本件所有権移転登記が抹消されていなくとも、被告白石と原告間の本件所有権移転登記の有効性ないし本件土地所有権をめぐる紛争は避けられなかつた筈であるから、本件所有権移転登記の抹消登記と本訴提起により発生したという原告主張の損害とは因果関係がないと主張するが、その失当なことは前示したところにより明らかである。
しかし、原告が蒙つたと主張する精神的損害は、本件土地について原告が有していた登記簿上の所有名義を抹消されたことに起因する以上、特別事情がない限り、右抹消による財産的損害が回復されればこれとともに回復される関係にあるとみるべきであり、結局財産的損害とは別個に賠償に値する精神的損害が発生したとは認められないことになる。
(四) そうだとすると、被告白石は、民法第七〇九条により原告に対し前記所有名義侵害行為より生じた損害七五、〇〇〇円を賠償する義務があり、また前記登記官吏の所有名義侵害行為は「国の公権力に当る公務員がその職務を行うについて、違法に他人に損害を加えた」(国家賠償法第一条第一項参照)にあたるというべきであるから、被告国は、原告に対し、右所有名義侵害行為によつて生じた損害七五、〇〇〇円を賠償する義務がある。(裁判長裁判官田嶋重徳 裁判官小笠原昭夫)
(裁判官桜林三郎は転補のため署名押印できない。)